さようなら大阪さようならバンド

バイオグラフィの詳細をお届けしていくシリーズです^_^

前回に続いて、めでたく第8回でございます!よろしくお願いします。

並行して、仕事のIT屋としてITバブル時代を忙しく過ごしていました。

ある日、電車の中の広告に、カフェオーナーという文字が。そう、この時代はカフェブームでもあったのです。

よし、カフェをやろうとすぐ想ったのです。

たぶん、コンビニの仕事で直接お客さんと関わって反応を貰えていたのが、ITになるとお客さんは目の前にいなく遠いところで、反応を貰えるのは目の前の仕事を一緒にしている人からのみ、もしくはコンピューターからのみ。。

この何かを人に届ける距離感の違いからなんだと想いました。

カフェも、そして音楽も、距離が近い。

それで魅かれたんだと思います。

気がつけば、カフェの専門学校の申し込みもIT屋の退職も、全ての手続きが済んでいたくらい、自分の行動力に驚きました。

直近はライブカフェを開いて、皆にもそして自分にも珈琲と音楽で楽しみを提供して、老後は女子校か女子大の近くにカフェを開いて、恋愛相談とかされながらフォッフォッフォッって笑って過ごしたいなぁと、そんな想いを持ちながらカフェの専門学校に通ってカフェオーナーの勉強をし半年くらい経った頃、IT屋時代の先輩から連絡が。

東京で仕事を手伝って欲しい、と。

大阪にいてカフェオーナーを目指して勉強している自分としては、お断りしました。

しかしこんな僕に対しても、その後も何度も連絡があり、IT屋時代に大変お世話になった先輩でしたので、よっぽど困っているのかと東京まで話を聞きに行きました

その日に選択しました。

東京でIT屋に戻ると。

IT屋の僕を求めている人達がいるなら、やりたいカフェは別に今じゃなくてもいいかなと。求めている人達に飽きられるまでやって、その後でもいいかなと。

バンドメンバーは理解してくれて、バンドは解散。

僕は東京に。

さぁ次回から東京編です^_^

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